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第4回 歴史と伝統にテクノロジーを加え、さらに顧客に近づく -- 株式会社小田急リゾーツ 前取締役社長 鈴木 滋 氏

更新日:2023年5月19日


今回は、「山のホテル」、「箱根ハイランドホテル」、「ホテルはつはな」に加え、一昨年にオープンした強羅の「箱根ゆとわ」など、箱根を中心に異なる特長を持つホテルや日帰り温泉施設を運営されている株式会社小田急リゾーツの鈴木社長にお話を伺いました。(聞き手:TrustYou株式会社 前代表取締役 設楽 奈央)


設楽: まずは鈴木社長のプロフィールやご経歴について、お聞かせいただけますでしょうか?


鈴木氏(以下、敬称略):私の経歴ですが、1988年に小田急電鉄株式会社(以下、小田急電鉄)に入社し、主にグループ会社を管理する仕事や人事などの仕事を経て、2010年から箱根登山鉄道などを傘下に持つ小田急箱根ホールディングス株式会社(以下、小田急箱根HD)に赴任いたしました。


 小田急箱根HDは、元々は小田急グループとして箱根の観光産業に一層力を入れるため、小田急電鉄内の業務を集約して権限を委譲するとともに、箱根エリアのグループ会社をまとめる中間持ち株会社として2004年に設立された会社です。同社には5年間所属し、営業統括部長として箱根エリアの観光業界の皆さまともお付き合いさせていただき、共に箱根エリア全体の誘客に力をいれてきました。従って、小田急グループの中では、箱根に精通している方だと思います。その間、株式会社小田急リゾーツ(以下、小田急リゾーツ)の新規事業であった日帰り温泉施設、「箱根湯寮」でも開発側として携っています。


 その後、2015年に小田急電鉄に戻り、経営企画部門で交通、流通、不動産、ホテル、飲食など小田急グループ約100社の管理をする仕事をしていましたが、その間、環境変化に対応するためのグループ会社の再編にも取り組みました。そして、昨年2020年4月に、小田急リゾーツの取締役社長に着任しています。



グループ行動理念の「『上質』と『感動』を提供します」を箱根で体現する


設楽:経営企画関連のお仕事に従事されながらも、鈴木社長は、非常に箱根と深いご縁があられるのですね。鈴木社長にとっての、小田急リゾーツの会社としての魅力や、今後伸ばしていきたい部分がありましたら、教えていただけないでしょうか。


鈴木:小田急グループは100年近い歴史がありますが、「沿線にお住まいの皆様にとって暮らしやすい街を作る」ということをテーマに成長してきました。鉄道のほかバス事業やタクシー事業を展開し、不動産開発を進め、生活を豊かにするために遊園地を作り、百貨店やスーパーを開業し、ホテルや飲食、旅行業にも進出しました。そして沿線人口の増加に伴い、30年以上かけて近郊区間の高架複々線化事業(踏切をなくし、線路を2線→4線にする)にも取り組み、完成させています。


 こうしたなか、小田急リゾーツがグループの中で特徴的なのは、他の会社が主に鉄道利用客をターゲットに駅周辺に事業を拡大してきたのに対して、箱根中心に鉄道とは関係なくホテル単体の魅力で発展してきたところです。過去に様々なご縁があって、財閥と言われた実業家の方々の別荘地であった施設を購入させていただいたのが発祥となります。その後、日帰り温浴を展開したり、御殿場プレミアムアウトレット様ともご縁をいただき、アウトレット敷地内にホテルを開業させていただきました。


 私鉄業界では小田急も含めてターミナル駅周辺にシティホテルをつくってさらに全国に展開したり、近年はインバウンド需要の高まりとともにビジネスホテルのチェーン化も盛んですが、当社のようにリゾートホテルをメインにしている会社はとても珍しい存在です。また、小田急にとって最重要エリアの一つである箱根において、グループ行動指針にある「『上質』と『感動』を提供します」という理念を体現する会社でもあります。


設楽:御社が運営されているホテルは施設ごとにユニークで、それぞれ異なる魅力がありますね。お客様がそれぞれのシーンごとにそれぞれの施設を利用でき、異なる箱根ステイを味わうことができるのではないかと思います。


鈴木:確かに「山のホテル」、「箱根ハイランドホテル」、「ホテルはつはな」に加え、一昨年にオープンした強羅の「箱根ゆとわ」など、箱根で異なる特長を持つホテルを揃えているのは珍しいかもしれないですね。各ホテルのお食事は、それぞれ異なるスタイルの日本料理やフランス料理をお出ししています。


設楽:先ほど、小田急グループ様の行動理念のお話がありましたが、個々の施設ごとに魅力が大きく異なる中で、会社としてのビジョンは、どのように各ホテルや従業員の皆様にお伝えしているのですか。ひとりひとりの従業員がビジョンをどう体現していくかが、ES(従業員満足度)やCS(顧客満足度)にも大きく影響を与えると思うのですが。

鈴木:弊社の成り立ちに起因する企業文化なのかもしれませんが、これまで各ホテルの個性を重視しており、横串で何かをしようという意識が元々あまり強くありませんでした。各ホテルの歴史もそれぞれの顧客も異なりますし、家族3代、4代でご利用いただいているお客様もいらっしゃいますので、従業員とお客様との距離感がとても近いという特長があります。例えば、「山のホテル」のリピーターであるお客様が「ホテルはつはな」にお泊まりなることは、実はあまりありません。

 

 「上質」と「感動」を提供するというグループの理念に加え、当社独自の「心温まるおもてなし」を提供するという経営理念はありますが、あとはそれぞれの従業員が個別にそれぞれ個々のお客様に向き合いながら行動をしています。



「顧客に近いこと」を大切に


設楽:「上質」と「感動」、そして「心温まるおもてなし」という理念において、伝統的なホテリエとしてのプロフェッショナルな接客方法と、一方でより身近でフレンドリーなアットホームな接客方法があると思います。特にコロナ禍では、ソーシャルディスタンスなども踏まえ、どのような「おもてなし」を提供していきたいか、ホテルとしてどうあるべきか、という議論はございましたか。


鈴木:弊社のホテルは、どちらかというとお客様と距離の近い、アットホームなおもてなしを得意としており、これまで「顧客に近いこと」をとても大切にしてきました。各ホテルのスタッフはリピーターのお客様のお顔とお名前を覚えており、年配のお客様からは直接、支配人の携帯電話に予約のお電話が入ることも多いです。時には元ホテル支配人であった弊社の役員に、常連のお客様から「ワクチン打ち終わったわよ」とご自身のを伝えてくださるお電話が入ったりもします。


設楽:お客様とそのような関係が築けていらっしゃること自体が、まさに”宝”ですね。クレームなどではなく、ものすごく近い距離感で現場の支配人の方にお客様から直接電話が入り、それにきちんと対応されているということは、過去からの信頼と関係性構築の証ですね。


鈴木:はい。弊社の場合、現場スタッフが支配人となり、本社の管理職となった後もずっとお客様との関係が続くことが多いです。


設楽:それは心温まる素敵な光景ですね。社員の成長と共に、お客様もホテルの歴史作りに参加されているような印象を受けます。


鈴木:そうなのです。私もホテルを訪れた際に、お客様の方から先にホテルの支配人に「どうも!」とお声がけするシーンを目にしたことが何度かあります。年配の方でしたが、話を聞いてみると、子供の頃からホテルにいらしているとのことでした。ホテル側も、お客様のお顔だけなく、好みのお料理などの細い情報を把握しており、私自身も驚くほどです。


 例えば、ホテルのソムリエもお客様に育てていただいた例もあります。お客様が若手スタッフのソムリエとしての勉強のために、都内の3つ星レストランをはじめ、お茶会や大使館のパーティーに連れて行ってくださったという話もあります。


設楽:それは、「あなたたち、成長しなさい」とお客様から言われているようですね。お客様がスタッフを育ててくださっているのですね。


鈴木:はい。お伝えしたように会社がビジョンを立てて、トップダウンで浸透されるという文化ではないのです。社員教育はむしろお客様から受けているようにさえ感じます。


 弊社の創立70周年記念誌に掲載されている記事で、「山のホテル」が1978年に建て替えを行った際、ホテルのスタッフを表現するお客様から寄せられた文章に、“まるでボーイスカウト集団のような”という表現がありました。まさにこれが弊社の文化を表しているものだと思いました。ボーイスカウトのように一生懸命真摯におもてなしをして、そして親しまれる存在でもある、お客様が弊社スタッフに持つ印象がそのようなもので、その良さは今も変わってないと思います。


設楽:それは素晴らしい表現のされ方ですね。個々のホテルの支配人やスタッフの皆様が主体的に、「どのようにお客様に喜んでいただくか」について深く考え、行動に移し、各ホテルのブランドを育てていく。その中で、鈴木社長は「コロナ禍でどのように生き残っていくべきか」というテーマで会社経営を推し進める。お互いがお互いの得意分野に集中することで、それぞれが個々の役割を、より主体的に考え、実行していく環境が整ったのでしょうね。


鈴木:はい。私が2020年4月に社長に就任した直後に緊急事態宣言が発令され、残念ながらそれ以来、ほとんど通常の状況を経験していません。コロナ禍の影響で、経営危機ともいえる状況でしたので、赤字の事業所を見直して、全体のコストを下げることに全速力で取り組みました。一方、コストの改革はそろそろ限界に近づいているので、次は売上を今まで以上に、例えば120%上げる取り組みをしています。そのためには、これまでの個を重視したものとは異なる、ホテルチェーンとしてデジタルテクノロジーを活用したアプローチをする必要があります。



より効率的な方法でさらに顧客に近づくために


設楽:元々の強みであるお客様と近い、アットホームな、良い意味で超アナログなコミュニケーションに、データというファクトを加えながら、各ホテルの営業支援のためにもデジタルテクノロジーを活用されていくということでしょうか。


鈴木:はい。それはこれからも、「顧客により近づく」ことを大切にしながらも、より効率的な方法でアプローチできるようにしたいと思っています。これまで、スタッフとお客様との距離が近かった分だけ、おもてなしやサービスもアナログでそれが良さでもありました。社内でも、デジタル化を推進するマーケティングの部署がなくても良いのか、という問題意識が元々ありましたので、お客様へアプローチをより効率化するため、新たにマーケティング部を立ち上げた次第です。


設楽:御社の強みであるお客様と近いコミュニケーションは、御社の強みとしてさらに磨いていきたい部分ですからね。このタイミングだからこそ、会社として新たにマーケティング部を作られ、その強みをデータで検証、評価していく体制を強化していくということでしょうか。


鈴木:はい。おっしゃる通りです。


設楽:お客様へのアプローチという話になりますが、東京にいても箱根のことを知らない方も多いと思います。日本の場合、宿を目的に旅行をする方は少なかったですが、コロナ禍を通して、本来のホテルや旅館の滞在を楽しむというお客様が増えてくるのではないでしょうか。


鈴木:はい。確かに箱根の場合は、観光だけではなく、宿泊そのものが目的になるケースが多いですね。コロナ禍を通してマーケットが修正されていくということもあると思います。実際に弊社でも、コロナ前とは異なり、プライベート感のあるより上質なお部屋から売れていきます。また、元々はインバウンドのお客様が少ないことが課題だったのですが、コロナ禍でたくさんの日本人のお客様にお越しいただき、逆に弊社の強みを再確認することができました。長年、真摯にお客さまと向き合ってきた成果だと思います。


 今後選ばれるホテルとなるという点では、富士山ビューの19室の貸切個室風呂を持つ日帰り温泉を併設したHOTEL CLAD(ホテル クラッド)を御殿場に開業するなど、時代に合ったホテル作りができていたのだと思います。2020年のGo Toトラベル開催時期の稼働もよく、「ホテルはつはな」の稼働も月間100%を達成しましたし、コロナが一定程度収束すれば、またたくさんのお客様にお越しいただけると期待しています。また、「はつはな」は来年にかけてリニューアルを行い、コロナ後を見据えた一層プライベート感のある上質なホテルに生まれ変わります。


設楽:現在、御社以外のホテル様にも共通する話題でもありますが、スタッフの皆様がマルチタスクで業務を進めていく中で、お客様にどう還元するのかというのも課題ですね。


鈴木:そこは大変ではあります。弊社の本社オフィスも現場同様、自分たちで掃除をするようになりました。管理職も率先してやっています。大変は大変ですけど、経営改革は全員でやることが重要で、例外を作ってはならないと思っています。皆、前向きに取り組んでくれています。 


 その中で、やってみて結果的に良かったこともあります。従業員食堂を自前に切り替えてみたところ、材料のコストは同じなのですが、お料理が劇的に美味しくなりました。見た目も。やはり、弊社の調理担当の腕と、食べてもらう仲間への愛情の賜物だと思います。メニューも和・洋・中の工夫を凝らしたもので、主菜、副菜からデザートまであり、とても美味しく、社員にも喜んでもらえ、モチベーション向上にもつながったと思います。


設楽:モチベーションにもつながりますし、社員の皆さんに安心感や自信も与えますね。「まずはやってみる」という決断が、お客様ありきのホテル業界ではなかなか難しいと伺うことが多いですが、やはりそうなのでしょうか。


鈴木:たしかにあまり現状を変えたがらない業界かもしれないですね。でも当社は歴史が長いわりには、変化への適応力があります。箱根湯本の日帰り温泉施設では、以前からスタッフがマルチタスクで業務を行なっていますし、近年は新しいタイプのホテルも開業させています。こうした経験を積んでいることから、会社としてはマルチタスク化などの改革に取り組みやすい土壌があったのだと思います。


設楽:たしかに、色々なタイプの施設を運営されているので、すでに実例や選択肢があったことも新たな取り組みをスムーズに進めることができた要因のひとつのようですね。


鈴木:はい。色々なタイプの施設を運営していたことは、前向きな姿勢を生んだかもしれません。強羅温泉で運営している「箱根 ゆとわ」は、元々大手保険会社様の研修所を兼ねた保養所だったものをリノーベーションし、2019年開業したホテルなのです。難しいハードでどう個性を出して集客するかという課題はあったものの、開業時から社員が自発的に色々なアイデアを出し合い、工夫をして、お客様から選んでいただけるよう、日々進化しながら様々なサービスや宿泊プランを展開しています。


設楽:「お客様に喜んでいただきたい」ということに集中されている集団だから、なのではないでしょうか。


鈴木:社員にそのようなマインドがあるので、個性が異なる事業所であっても、お客様を楽しませようと工夫をするのでしょうね。


設楽:そうですね。結局は、人が重要なのだと思います。何を課題と捉え、どのように向き合っていくか、何をしたらお客様が喜んでくださり、ブランドがより磨かれるのか。本質的かつ当たり前のことにしっかり向き合い、それぞれの役割の方たちがそこに集中してパワーを注ぐことができるホテルや旅館はこれから強いと思います。


鈴木:「稼ぐ、稼ぐ、稼ぐ」と叱咤もしますが(笑)、個人個人が自発的に考えて行動する、ホテルもそのような考え方をしないとならないですね。新たに箱根で日帰り温泉施設、「箱根湯寮」の開業準備をしていた際に、ホテルが日帰り温泉施設を運営する場合、固定観念に囚われ、失敗する例もあるという話を外部の専門家の方から伺ったことがありました。しかし、実際に開業してみると、心配は杞憂で、今では箱根で有数の温泉施設になっています。そのような新たな環境でも個々が工夫し、順応し、楽しむことができる社員の文化が元々あったのだと思います。



今が新たな顧客開拓のチャンスと捉える


設楽:先ほどおっしゃっていた、ボーイスカウトのようなスピリットでしょうか?


鈴木:そうかもしれませんね。また、弊社もコロナを機に新たに生まれ変わろうとしています。そして、今が新たな顧客開拓のチャンスだと前向きに捉えています。


設楽:クチコミはお客様からのフィードバックなので、新たなことに取り組まれた際は、答え合わせ用にTrustYouをお使いいただくことをお勧めしています。もちろん、お客様からお電話をいただいたり、お手紙はいただいたりされるとは思うのですが、定量的な答え合わせに使っていただけると嬉しいです。


鈴木:コロナ禍で、今は新たなことに次々とチャレンジをしていますが、社内では要はゴルフのラウンド前のパター練習と同じだと言ってます。外れたら修正して次の玉を打つ。答えがわからない時代は小さな失敗でも積み重ねる方が正解に早く近づけます。玉を打っては答え合わせをやる。それをやり続けるしかない。答え合わせはアバウトでも我流でもいけません。「スピーディーに」でも「丁寧に」「正確に」。これは実績とノウハウのあるパートナーのお力をかりなければ、とても無理ですね。


設楽:そうですね。新たなチャレンジに対して、それは正解か否か、お客様が答えをくれるはずですので、ぜひ引き続き弊社のツールを、答え合わせのためのツールとして使っていただければ幸いです。最後にホテル業界の皆様にメッセージをいただけますでしょうか。


鈴木:ホテル業界は、絶対に負けのない業界だと思います。観光業は江戸時代の「大山詣り(おおやままいり」以来、衰退することなく、近年では外国人旅行者が訪れるまでになりました。必ずしも大きいところに小さいところが飲み込まれてしまうという業態でもありません。この業界で働くのはとても有意義だと思います。日本人の働き方や遊び方も変化しています。観光業には追い風です。外国人から見ても日本ほど安心、安全な国はありません。観光業、ホテル業の未来は明るく、絶対に無くならないとても将来性のある業種だと確信しています。


設楽:本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

左:山のホテルとツツジ庭園 、 右:ホテルはつはな、和室スーペリア

左:箱根ハイランドホテル、温泉露天風呂付きツイン、右:日帰り温泉 箱根湯寮 離れ湯屋 花伝・参ノ巻

鈴木 滋 氏プロフィール:

1988年に小田急電鉄株式会社に入社。その後、グループ事業部プロジェクトマネージャーとして、主に小田急グループのグループ会社の管理に従事。2006年からは同社の人事部課長を務め、2020年より小田急箱根ホールディングス株式会社に異動。同社では営業統括部長として箱根エリアの観光誘致や、株式会社小田急リゾーツの日帰り温泉施設「箱根湯寮」開業にも携わる。その後、小田急電鉄株式会社に戻り、経営企画部長、執行役員グループ経営部長として、環境変化に対応するためのグループ再編に取り組む。2020年4月より現職。


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