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第5回 世界のお客様に愛される“ミュージアムホテル”に 〜国内市場重視への転換をスタッフと共に乗り切る〜 ホテル雅叙園東京 総支配人 𠮷澤 真一朗 氏

更新日:2023年5月19日



ホテル雅叙園東京は、1928年に芝浦で料亭として創業後、1931年に東京目黒に地を移し、目黒雅叙園として開業、90年以上の歴史の中で、館内は芸術家による壁画や天井画、彫刻などの装飾がなされた唯一無二​​の景観を持ち、サービス面では結婚式や宴会を中心に業界をリードしているラグジュアリーホテルです。2017年、「ホテル雅叙園東京」にリブランド後、東京都指定有形文化財「百段階段」や美術品を館内で鑑賞することのできる「日本美のミュージアムホテル」をコンセプトにしています。今回は、ホテルのリブランドを牽引された𠮷澤総支配人に、ホテル雅叙園東京のコンセプトやコロナ禍で取り組まれたことや、今後の展望についてお話をうかがいました。(聞き手:TrustYou株式会社 前代表取締役 設楽 奈央)


設楽:まずは𠮷澤総支配人のご経歴について教えていただけますでしょうか。


𠮷澤氏(以下敬称略):1988年にホテルの専門学校を卒業し、東京ディズニーランドのある千葉県浦安市舞浜にオープンしたシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル & タワーズ(現シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル)に1期生として入社し、料飲部門に7年間勤務しました。


その後、1996年にホテル日航東京(現ヒルトン東京お台場)にて、主に料飲部門と婚礼部門も経験しました。当時の婚礼部門は好調で、年間1,000件以上の結婚式が入っており、大変忙しかった記憶があります。その後、統括部長を経て、同社で20年間勤務した後、2016年ホテル雅叙園東京へ入社し、2018年に総支配人に着任しました。


設楽:𠮷澤総支配人はホテル業の様々な部門をご経験されているのですね。


𠮷澤:はい。ただ、前職まで唯一経験していなかったのは宿泊部門でした。私は、当ホテルに副総支配人として着任したのですが、当時宿泊部門を管理する者が社内には私のみでしたので、自ら学び、不明なことがあれば社外の方に相談しながら、一から業務を習得しつつ現在に至ります。当時は、宿泊業務を専門的に経験しているスタッフも多くはありませんでした。


 当時、改装前の当ホテルの客室数は計23室(現在は60室)で6階のワンフロアのみでした。7階と8階は、ブライズルーム(Brides Room)という挙式をされる新郎新婦専用の支度部屋でした。お部屋の料金設定も時期や需要によって変動はなく、平日、休前日または休日というシンプルな料金設定でしたし、海外OTAとの契約もしていませんでした。


 私が入社した2016年頃は、インバウンド旅行者が増えてきたこともあり、会社の長期的な経営戦略として婚礼部門のみでなく宿泊部門にも力を入れることになり、リブランド計画を開始しました。



インバウンド旅行者から人気の「日本美のミュージアムホテル」に


設楽:ホテル目黒雅叙園東京へのリブランドを𠮷澤総支配人が牽引されたと伺っていますが、リブランドの内容や「日本美のミュージアムホテル」というコンセプトついてについてお話いただけますでしょうか。


𠮷澤:まずはリブランド戦略についてお話しします。それまで当ホテルは、目黒雅叙園として90年近くの歴史があり、結婚式場というイメージをもっていらっしゃる方々がほとんどでした。「これまで皆様から評価をいただいた“結婚式場”というイメージを、どのようにすれば“ホテル”に変えられるか」、それがリブランドの大きなテーマでもありました。それは、1、2年でできることではありません。現在、リブランドしてから4年が経過していますが、いまだに結婚式場というイメージをもたれている方が多いのも事実です。


 また、「日本美のミュージアムホテル」については、長い歴史の中で、ホテル内は2,500点もの日本画や美術工芸品で装飾されており、東京都指定有形文化財「百段階段」も有しています。その特長とユニークさを活かし、当ホテルを通じて、日本の美を海外の方々にも伝えたいという考えから、新たなブランドコンセプトを作りました。


 2016年から3年間でホテルの全客室フロアと3つのレストランを改装し、客室は23室から60室まで増やしました。すべての客室は80平米以上のスイート仕様ですので、日本国内のお客様のみを対象に販売するとなると、客室単価もある程度でなければ、収益確保が難しくなります。当ホテルは、東京都内でもADRは比較的高いエリアに位置していますので、ユニークかつスモールラグジュアリーの路線で販売することを決めました。


 改装を含むリブランドについては、多くのスタッフのパワーが必要になりましたが、全員の力でやり遂げることができました。


設楽:インバウンド旅行の最盛期だった2019年、ホテル雅叙園東京様は海外の方からの知名度が非常に高く、憧れのホテルとしてのブランディングが確立されていた印象があります。素晴らしい立地にもかかわらず、都会の喧騒を離れ、佇んでいるだけで楽しいアミューズメント性があり、さらに日本文化や歴史も感じられるので、外国の方にとっても魅力的ですよね。


𠮷澤: まずは海外の方にミュージアムホテルとしての魅力を広めるため、国外に向けてのマーケティング活動を開始しました。フランスのパリで90周年イベントを開催し、ソーシャルメディアやクチコミを通して世界的なバズを起こすべく、インバウンド集客のための様々な施策も行いました。


 ただし、リブランド後も弊社の基幹事業はウエディングであり、変わらない部分はありますが、ホテル雅叙園東京としてのブランド価値を上げていくためには、客室やサービスのクオリティを上げ、国際的なラグジュアリーホテルに近づいていきたい、というビジョンがありました。


 改装前には、宿泊全体の約8%だったインバウンドのお客様が、2019年には約70%近くまで占めるようになり、全て計画通りに成長していました。その流れで、2020年の東京オリッピックに向けてさらに飛躍していく予定でしたが、残念ながら状況は大きく変わってしまいました。



困難を伴った国内マーケット重視への方向転換


設楽:順調にインバウンドのお客様の利用が増えていた中、思いもよらない状況に突入してしまいますが、2020年以降、御社としてどのような方向転換をされてきたのか、差し支えなければ、教えていただけますでしょうか。


𠮷澤: 渡航規制により、宿泊のお客様の約70%を占めていたインバウンドのお客様は突然いなくなってしまいました。この点については、当ホテルだけでなく、インバウンドのお客様が多かった他のホテルも、同様だと思います。


 さらに、基幹事業であるウエディングも、緊急事態宣言で結婚式の延期が相次ぎました。お客様の中には、結婚式を3回も4回も延期にされた方もいらっしゃいます。我々も努力を強いられましたが、それ以上に、何よりもお客様が大変な思いをされていたと思います。宿泊では、これまで海外のお客様に対するラグジュアリー路線でのブランディングに集中していたため、急に国内のお客様に対して、どのように魅力を伝え、ブランディングしていくかという、いままでと異なった戦略・方向に転換させることが必要でした。


設楽:現在は日本人のお客様が99%を占められている状況だと思うのですが、新たな戦略・方向転換として、日本人のお客様に対して、どのような方法で、集客・魅力開拓強化をされているのですか?


𠮷澤:今はほぼ全ての海外の旅行者が日本へ渡航できず、日本の旅行者も海外への渡航が限定されています。そのため、これまで海外へ旅行していた国内の方々に、改めて当ホテルの魅力を伝えていきたいと考えました。「日本美のミュージアムホテル」として、ご宿泊のお客様が安全にホテル内の昭和初期の日本画や美術工芸品など、先人が残してくれた館内装飾を鑑賞できる宿泊者限定「雅叙園アートツアー」や、近隣の自社仏閣を巡る「目黒仏閣ウォーキングツアー」を開催し、国内の旅行者へも当ホテルの魅力と価値をアピールしています。


 このような宿泊者限定アクティビティは、海外には積極的に発信しておりましたが、国内ではご存じない方々も多くいらっしゃいました。当ホテルは結婚式場というイメージを持たれている方々に、ぜひ宿泊していただき、アクティビティだけでなく、レストランでのお食事や東京都指定有形文化財「百段階段」を見学していただくことで、唯一無二のミュージアムホテルをもっと体感していただきたいと思っています。


設楽:これまで日本人は観光のための寝床としてホテルを使うことが多く、ホテルを目的とした旅行スタイルというのはあまりメジャーではなかったと思います。しかし最近、クチコミでも、ツアーに参加した方々からの「とてもよかった」というコメントをよく拝見します。さらにリブランドしたホテル雅叙園東京の認知を高め、魅力を広めていくことで、未来の宿泊客を開拓できてきているのかもしれないですね。


𠮷澤:はい。おっしゃる通りです。アートツアーのようなユニークなアクティビティをはじめ、まずは「行ってみたい」と思っていただくことが重要だと考えます。



緊急事態宣言後に見えたスタッフの心の変化


𠮷澤:昨年4月と5月は、緊急事態宣言を受けて、当ホテルも全館休業を決めました。私も長いホテルマン人生で、ホテルをクローズすることは初めての経験でした。お客様が一人もいらっしゃらない館内を見渡し、ホテルはお客様で成り立っているのだと改めて実感しました。


 そして、緊急事態宣言後にお客様が戻っていらっしゃった際は、スタッフ達も本当にお客様のありがたさを感じ、その心には新たな感情が育まれ、少しずつ変化していくのが分かりました。お客様から届くクチコミを見ていると、褒めていただくコメントが目立つようになってきたように感じます。


設楽:スタッフの皆様もお客様の近くでおもてなしをすることを大切にされていると思いますが、お客様との近づき方も難しくなっている昨今ですね。お客様への接客において気をつけられていることはありましたら教えてください。


𠮷澤:宿泊では、とくにチェクインで密にならないように気をつけています。チェックインのカウンターは2つですので、客室でチェックインできるようにしたりと、オペレーションを見直してできるだけお客様同士が接触しないようにしています。


 レストランでは、ブッフェを再開していますが、ひとつひとつ小分けにして器に盛りつけるスタイルで提供しています。手間をかけても、常に安心・安全を第一に考え、お客様に非日常空間でリラックスしていただけるように心がけています。お客様が不安を抱かないよう、そして何よりもホテル雅叙園東京で過ごす時間を楽しんでいただき、ご満足いただくためにも、以前よりもおもてなしのスタイルを考え、工夫しているので、我々も今まで以上に成長していると思います。


設楽:皆さん、当たり前の安心・安全対策から工夫をされて進化しているのだと思います。お客様もせっかく宿泊されるのなら、リラックスしたいですからね。ウィズコロナであっても、結婚記念日や誕生日はありますし、非日常を楽しみたいものですよね。どんな状況下でも、なるべく以前と同じサービスができるようにしているのは、素晴らしい配慮とおもてなしだと思います。


𠮷澤:この先の状況も不明瞭ですので、常に新たな環境に対応できるような体制であるべきと考えています。他のビジネスも同様に、完全に以前と同じ状態には戻ることはないと思いますので、変化する状況に合わせ、お客様が求めていることにどう応えるか、どうすればお客様に寄り添えるかというのは今後のポイントだと思います。


設楽:確かに、コロナ前と全く同じ状況に戻ることは厳しいと私も思います。働き方も変わり、ワーケーションのような自由な働き方や、平日に休みを取りやすくなる環境など、ホテルの楽しみ方も今までと異なり、目的を持っていらっしゃる方が増えてくると思います。ですので、ホテル雅叙園東京さんのように、訪れて楽しめる環境がある「ミュージアムホテル」というコンセプトは、今後ますます需要が高まってくると思います。そんな中、さらなる進化のため、また帰ってきたいと思っていただける環境を準備するために、このコロナ禍のスタッフ教育でこだわられたことなどございますか。


𠮷澤:緊急事態宣言の期間にお客様と触れ合えなかった反動かもしれませんが、お客様をサプライズしたいとより強く思うスタッフが多くなりました。お客様情報を事前に確認した上で、「このお客様には、こういうおもてなしがしたい」、「喜んでいただけるように、こんな準備がしたい」という相談を、今まで以上に受けるようになりました。結婚記念日に当ホテルに宿泊されたお客様に、思い出のチャベルでの記念撮影をはじめ、スタッフ自らが考え、行動して、お客様に喜んでいただけるようなご提案をしています。


設楽:元々、御社スタッフの接客の質が高いというのは有名だと思いますが、その上に、コロナという思いも寄らない苦難によって育まれた新たな思いや感情が加わったということなのでしょうか。


𠮷そうだと思います。何よりもお客様への感謝の気持ちが強くなったと感じます。TrustYouから届くクチコミを見ていますと、以前に比べて、スタッフの名前とお褒めの言葉をいただいくコメントが多くなった気がします。


 私は社内をよく歩いて回るのですが、今日も、入社2年目の日本料理のスタッフが名指しで褒められているコメントを見たので、それを本人に見せてあげました。本人もとても喜んでいましたし、きっと「お客様のためにまた頑張ろう!」と思ったはずです。


設楽:総支配人から直接褒めていただけるのは、社員の方もきっととても嬉しいですね。ESとCSの両方が重要な中で、お客様からのお褒めの言葉を広めるのは社員のモチベーションも上がりますし、非常に素敵な取り組みだと思います。



創業者の思いが籠もっているハードを使いソフトでつなぐ


𠮷スタッフの気持ちが、以前よりお客様に向いてくれたのがコロナ禍での良かったことだと思っています。完全にはコロナ禍前の状態には戻らないと思うものの、弊社としてお客様へのスタンスは、今後も変わらないです。まずは日本のお客様へ、当館の魅力を発信することに注力をし続けることで、改めて基盤の強化ができます。そこで、インバウンドのお客様が戻ってきてくださった時には、全体の収益も上がっていくと考えています。


 まずは、いかに日本のお客様にファンになっていただき、記念日などの人生の節目に当館を訪れていただけるかを探求しいきたいです。また、ゆっくりしたい時に再度訪れてみたいと思っていただけるような場を提供することにこだわっていきたいので、今はそのような時期だと思っています。


設楽:そうですね。海外のお客様が戻って来られるまで、苦しいことも多々あるかと思いますが、今あるものを大切に磨いていくこともとても重要なことですものね。また、その歴史を踏まえて、今後、ホテル雅叙園東京をどのようなホテルに育てていかれたいですか。今後の展望などございましたら、教えてください


𠮷澤:90年以上前に創業者が当時の芸術家達に館内の装飾を依頼しました。30年前にも建物の改修を行い、現在に至りますが、私たちは歴史の通過点にいるに過ぎません。先人から受け継いだ創業者の想いが籠もっているハードを維持し、ソフトでつないでいかなくてなりません。国内のお客様には、当ホテルでの滞在を通して、改めて日本の美しさや良さを知っていただく、また海外のお客様には、新たな日本の魅力を発見していただく。そして、私たちホテルスタッフは、お客様にとっての最高の思い出の時間を提供する。そのスタンスは変わることはありません。


設楽:ありがとうございます。最後に、業界の方にメッセージをいただけますでしょうか。


𠮷澤:お客様の考え方も嗜好も、以前のように戻ることはないでしょうし、ゲストニーズも絶えず変化していくのだと思います。ウエディングの規模は小さくなり、スタイルが変わる可能性はあるものの、結婚式という文化はなくならないでしょう。また、コーポレートの宴会も少なくなっていますが、お客様を取りあうのではなく、宴会をする意味や、人と人とが顔を合わせて集うことの重要性、その必要性を再発見できるよう、ホテル業界の皆様で集まり、共に話し合えると嬉しいです。


設楽:確かに、対面でのコミュニケーションが図りにくくなった昨今、人が集う場の重要性が改めて唱えられていることも事実ですよね。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。


左:ホテル雅叙園東京エントランス、右: 雅叙園スイート「紅葉」ダイニング

左:ライブラリーラウンジ「椿 -TSUBAKI-」、右:客室 「ジャパニーズ」

*ホテル雅叙園東京では、「雅叙園アートツアー」や「目黒仏閣ウォーキング」などのイベントが定期的に開催されています。

ホテル雅叙園東京:https://www.hotelgajoen-tokyo.com/stay/


𠮷澤 真一朗 氏 プロフィール

1988年シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル & タワーズ(現シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル)の開業時に1期生として入社、ホテリエとしてのキャリアをスタートし、料飲部門にて経験を積む。1995年、ホテル日航東京(現ヒルトン東京お台場)に入社、主に料飲部門と婚礼部門で実績を積み、統括部長を経て、2016年にホテル雅叙園東京に入社、2018年に同ホテルの総支配人に着任、リブランディングを牽引する。



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